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管理人でございます。
すっかり更新が途絶えており申し訳ないです。
数か月ぶり?下手すると数年レベルぶりにログインした次第です。
笹倉さんは数年前からタイで仏僧になられていますが、今年5月に
数年ぶりに帰国されるとのこと。

いろいろ聞いてきますね。

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2017.04.03 / Top↑
 詳しい人に聞くと、自宅であってもフィットネス・クラブにある機械の八割くらいのことは工夫でもってできるといいます。私の場合、部屋が狭いので思い通りにはいかないのですが、それでも七割くらいはできているのではないかという気がします。

 ダンベルは3キロが二つあるだけですが、ゴム紐がふるっています。こちらでは雑貨屋などで売っているフックつきの荷造りヒモで、ちょうどよい伸縮度なのです。それを二本合わせて何箇所かに結び目をつくり、両端を引っ張ったり、金具に引っかけて引っ張ったりするのですが、これがクラブなどにある機械よりもはるかによい効果を発揮します。つまり、方向性が自由自在であるため、こまかく移動しながら腕や肩、脚や胸の筋肉を鍛えることができるからです。
2016.05.02 / Top↑
 経済的には大損をしてしまったのですが、おかげで禁煙をつづけられ、身体は次第に若い頃の体型へと戻っていきます。つまり、出腹が徐々にひっこんで、筋肉がついてくると、これまたやみつきのようになるフシギを味わったものです。

 つまり、スタイルがよくなってくると、もっとよくなろうとする欲求が生まれてくるのです。ダイエットに励む女性がすでに十分にスリムであるのに、もっともっとと欲張っているうち、とうとう拒食症になってしまうのもよくわかります。

 私の場合もその気があって、ついやりすぎてしまう傾向があり、そんな日は逆に寝つきがわるく、ヘンな夢もみるので(悪夢ではないのですが)、すぐにわかります。過ぎるのはよくない、とここでも思い知らされるのですが、自分で自室でやるようになってからは、とくに気をつけています。
2016.04.25 / Top↑
 フィットネス、などというと、なんだかブルジョワの遊びのように思われそうです。実際、フィットネス・クラブというのは、その通り、収入のよい、あるいはお金持ちの家の育ちらしい男女がやるものと相場が決まっていて、このバンコクの街にも流行りといっていいくらい、方々にみかけるようになっています。これも経済発展の副産物といってよいでしょう。

 私も実は、少しばかりお金がある頃、近場にあったその種のクラブに所属したことがあって、およそ一年ばかり、さまざま機械を使ってやっていました。そのクラブがある日突然倒産し、というのも社長がしこたま金をのこして海外へ逃亡するという計画倒産であったのですが、まだ一年近くの会員資格を残していたこともあって、路頭に迷ってしまったものです。

 が、しかし、その経験は貴重なもので、フィットネスというのがどういうものか、どうやって身体を鍛えていけばいいか、といったことがわかったことから(インストラクターについていた人が知友であったこともあって)、工夫をすれば自分ひとりで自室でもやれる、と思いなおしたのです。そういえば、タバコをやめると決めてから、日を置かずにクラブに所属したことを覚えています。
2016.04.18 / Top↑
 これをいわばビンボウの恩恵というのでしょうか。ビールの超格別な味に加えて、お勘定は相手持ち、路傍のレストランながら非常に料理がうまくサービスもそこそこであるため、チップをはずむのも相手まかせ、一バートすらも私は払いません。

 勘定はまかせてください、といわれているので、大船にのった心地、ついつい飲みすぎ食べすぎて、みずからのあさましさを思い知りもするのですが、ついでながら、過ぎたるはやはりよくない、と反省するのも翌朝のこと、肝臓への負担は久しぶりであるだけでよけいにきつく、その日はシゴトにならず、終日寝てくらす始末なのです。

 それでその夜、また酒がほしくなるかというと、そうではないところがまたフシギです。おそらく、長年の習慣のわりにはアル中になっていなかったのでしょう。ああ、おいしかった、いただいた、とすっかり満足して、また数ヶ月先の誰かを待つことにはまったく苦もなく、寝る前にまたカラダを動かして、眠気を誘ってからベッドに入ります。悪夢をみないと確信できてからは、眠りもいたってスムーズです。
2016.04.11 / Top↑
 実のところ、私もまた、酒は絶対禁ではありません。このへんの寛大さは、自分で自分に呆れているのですが、タダ酒を飲める日を心待ちにしている次第で、というのも、わがアパートメントには知り合いの日本人が、それぞれ年に何回かやって来て宿泊するのですが(ホテル形式で短期でも泊めているため)、中には、食事に誘ってくれて、ついでにビールなど飲ませてくれる人が何人かいるからです。平均すると、三ヶ月に一度、といったところでしょうか。

 そんな時のビールは、まさしく値千金、ノド越しに黄金でも流し込まれているような味(超高級な日本酒には金箔入りというのがあって、父は人からもらったそれをチビチビと大事に呑んでいましたが)、といって過言ではありません。ビールがこんなにうまいものだとは、酒を知ってこのかた、ついぞ知らぬ仏のなんとかで、ほとんど感激の落涙をしてしまうほどなのです。

 コンビニの棚からビールを手にしてレジへ向かい、レジのお姉さんがバーコードを鳴らす直前に取り戻し、棚へ引き返して置いてくるようなことをくり返してきたわけですから、その待ちに待った日がどれほど価値あるものか、おわかりいただけると思うのですが、そんな幸せな日があればこそ、断ってよかったとも思えるのですから、ビンボウもしてみるものだと、人生はわりあいおもしろいものだと感じたりもするのです。
2016.04.04 / Top↑
 お酒のミステリー大賞までいただいていながら、裏切るようで申し訳ないのですが、酒はカクジツに寿命を縮める、というほかありません。むろん、酒の効用というのは、タバコに比べればまだしもで、寿命が何年か縮まったところでいかほどの意味もない、偉大なシゴトなどのこさなくてよい、という人は、やめる必要もないでしょう。それどころか、憂さの捨てどころという効用を感じている人はなおさら、やめるとかえって毒かもしれません。

 タバコは絶対にやめてほしいけれども、酒は、健全に飲めるという条件の下、許される、としてよいでしょう。前述の通り、この国の仏教も、一応は禁としながら、時と場合によっては、許しているのです。
2016.03.28 / Top↑

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