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ブロマガって何?
2009.05.01 / Top↑
(1)
 インドからバンコクへ戻ってきた我が友人は、毎度の食事(といっても一日二食だが)をしばしば一緒にとるたび、「ここには何とたくさんな食材があるものかね」と、感嘆の声を上げた。インドではこうはいかない、毎度毎度、カリーであり、その種類がいくつかあるだけ。食に関しては、ストイックといってよい世界から、この国へ来ると、その豊富さに圧倒されるほどだという。

 インドでも、デリーから東側、ベナレスやカルカッタあたりにくると、そろそろ植物的世界、モンスーン気候に入るのだが、そこからミャンマー(旧ビルマ)、タイへと移ると、はっきりと植物の繁茂する地帯となる。さまざまな動植物が森林に棲息し、その豊かさと裏腹に危険もまた共存する。

 コブラの生き血を飲んだことのある我が知友は、やがて鼻から血が噴き出してびっくりしたというが、なるほど蛇という生きものはたいした精力を提供するらしい。

 それほどの勢いをもつ動物を陰に陽に支えるのが、植物の繁茂であることはいうまでもない。象などは、長い鼻の先端で雑草をなぎ倒し、まるめこんでは口に運ぶ、その量たるやハンパではないから、環境の悪化にともない、野生の象(現在タイでは四千頭まで激減したといわれる)が食い物を求めて人里に現われ、人を襲う例もあると聞く。

スワンナプーム国際空港ハイウェイ
スワンナプーム国際空港ハイウェイ
2009.05.01 / Top↑
 その植物のなかで、人の健康に有用なのは、薬草と野菜類である。薬草としては、インドから伝わるアーユルベーダ的なものがあるし、食すると乳房が大きくなるといわれて一時ブームになりかけたガオクルアなる山芋に似たものもあるし(缶詰工場まで作ったところで成分が健康を保証しないものだと偉い博士から待ったがかかって頓挫した)、それこそ枚挙にいとまがない。友人のF氏は、インドで、プラント・ハンターと称するイギリス人の女性と出会い、そんな職業があるのだと初めて知ったというが、つまり、プラント(植物)をハンティングして、まだ未発見、未開発の、人に有用な成分をもつ草木をみつけだすための旅を製薬会社のスポンサーを得てつづけているのだという。

 そういう話を聞くと、さすがにイギリスだなぁ、と思う。かつて、この一帯を自国からみて「東南」にあるというので、サウスイースト・エイシアと称し、人と物を搾取すべく乗り出して、ほうぼうを英領としていった、その痕跡をみる気がするのだが、ハンティングするに足る植生がここらあたりにあるという、事実の証しでもある。

 そして、かつて英国をはじめとする列強が、東南アジアを次々と席巻し、領土とした、その第一の理由もまた、有り余る植物の中の、当時は何よりも有用だった「香辛料」を手に入れるため、だった。それは文字通り、「香」ばしく「辛」い食料であり、食べ物の味をよくするというより、人の体によいというよりも、「肉」なるものを保存するためのものとして、当時、冷蔵庫というものもなかった彼らにとって、なくてはならないものだった。

バンコクの大動脈メナム・チャオプラヤー
バンコクの大動脈メナム・チャオプラヤー

2009.05.02 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.02 / Top↑
 実際、この暑い気候のなか、例えば、それらをたっぷりと使った豚肉の料理などは、冷蔵庫に入れなくても三、四日は平気で持つ。冷蔵庫に入れておけば、一ヶ月くらいは持つのではないか。我は、冷蔵庫内で十日程度の経験しかないが、少しも痛んでいない、旨いまま、なのである。

 まさに自然の防腐剤である。と同時に、新陳代謝をうながし、人の体を温める効用があるようだ。我の場合、それを限界まで、つまり舌がひりつくまでの辛さを求めるわけだが、内臓を熱するということは、よい「食」の条件ではないかと、身体でもって確信する。ガンに温熱療法が効くそうだけれど、それは確かにそうだろうという気がする。

 だらだらと汗を流しながら食すると、かえって清涼感がただよう。内あつければ、外すずし。便までが臭くなく、香ばしいニオイになるから、やはり大した代謝作用なのだろう。

 タイ料理のあれこれを巡ることは、その香辛料及び香菜なるものをみていくことと不可分の関係にある。わが国にもむろんその一部(もしくはここにないもの=ワサビなど)はあるわけだけれど、種類の豊富さにはかなわない。西欧列強がどうしてもほしいモノがわが国に乏しかったことは、幸いなるかな、である。

 もっとも、タイはもろもろの条件が作用して、東南アジアでは唯一、独立を維持できた国だが、それだけに、民族料理がそっくりそのまま継続し、フランスやスペインの侵食を受けた国(インドシナ三国、フィリピン等)とは違った、純度の高いものとなっている。ただ、他国の料理法の影響はさまざま受けていて、とくに中国人がもたらしたもの、これは後まわしだ。
 まずは、世界に冠たるスープ、「トムヤム」からいってみよう。

船<チャオプラヤー・エクスプレス>からの河
船<チャオプラヤー・エクスプレス>からの河
2009.05.03 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.03 / Top↑
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2009.05.04 / Top↑
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2009.05.05 / Top↑
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2009.05.06 / Top↑
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2009.05.07 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.08 / Top↑
 日本から客人がくると、我はまずもって、このスープを食べさせてみる。
 「トムヤム」といってもわからないので、「トムヤム・クン」という。と、納得の声を上げ、知ってる、食べたい、とくる。

 我は別にいじわるをするつもりはないのだが、その人を知るために、現地レストラン、それもタイ人客がほとんどの庶民レストランで、何の手加減もしないもの、つまり、タイの平均的「辛さ」をもつそれを注文するか、もしくはビニール袋に入れてもらって持ち帰る。

 そして、最初の一さじをすすった瞬間の顔を観察する。おいしい、と声を上げたいところ、コトバにつ
まって黙り込み、目を宙へ泳がせて、ああ、とか、おう、とか、顔をゆがめて声を発する、というのが十中八九。ほとんどの日本人が、あまりの辛さに呆然とする。

 が、しかし、十人の中に、一人はいる。呆然ではなく、恍惚の表情を浮かべて、おいしい、という。この一人が我と同類であって、これから先はもう大丈夫、何でも食べられる、苦労はいらない。

 ただ、十中に一人、せいぜい二人であるから、呆然とした残りの八九をどうするか。このなかにも程度の差というのがあって、唖然、呆然のあと、気を取り直し、もう一口、二口すすってみて、辛い辛いといいながらもけっこう進むのがいる。なかには、呆然から恍惚へと移行する人もたまにいる。そうかと思うと、もうダメ、降参です、とスプーンを放り投げてしまうのもいて、実にさまざまである。

gourmet-2-1
屋台街の一店
2009.05.09 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.09 / Top↑
 「味覚(みかく)」は「人格(じんかく)」である、というのがこなたに来てはじめて実感した我の考えだ。香辛料の辛さひとつに対する反応の多種多様さは、人間そのもののそれに通じる。

 我の場合、現地人の十中八九がダメな辛さにのみ耐えられない、つまり、青い小粒の唐辛子を平気でかじりながら飯を食うという、たまにいる現地人のマネだけはできない、という程度であって、時おり、我が日本人とみて気をきかしたつもりか、辛さを手加減した料理が出てきたりすると、おう、これはだめだ、辛くない、もっと辛くしないと食べられない、プリック・ナムプラーをくれ、と叫ぶことがしばしばである。(プリック・ナムプラーについては後述する。)

 と、ここまで記して、ちょっと立ち止まろう。
 トムヤム、というのが、この世界的に有名なスープの正式名称であることを知っている人はそう多くないはずだ。ほとんどの日本人が、クンをつけて、トムヤム・クン、として記憶しているからだ。これはしかし、他の場面でもしばしば起こる誤解。トムヤムとクンの意味がわかっていないための思い込み、である。

 トムヤムとは、ヤム(混ぜる)とトム(煮る)の合成語で、混ぜて煮る、という意味をもつ。いろんなものを混ぜて煮るわけだが、いろんなものの中で何をメインにするかを、トムヤムの次に置く。クンは「海老」の意であるから、トムヤム・クンがほしいというと、えび君(クン)がいろんなものの中に居座っている。ふつう、クンばかりでは飽きてしまうので、人々は好みと気分に応じて、メインの具材を変える。

 今日は豚肉にしたいと思えば、トムヤム・ムー、鶏肉にしたいときは、トムヤム・カイ、えび君だけではなく、イカや魚も入れてほしければ、トムヤム・タレー、と告げることになる。

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トムヤム・カイ
2009.05.10 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.10 / Top↑
 牛肉が抜けているじゃないか、とおっしゃる方がいるかもしれない。牛肉は、ヌァ、というが、トムヤム・ヌァ、と注文する人に我はお目にかかったことがない。

 この国にそれがないわけではない。ステーキ屋はあるし、日本的な牛丼を食わせる店もたまにあるから、それを食べる人はむろんいるわけだけれど、非常に少ないことは確かだ。ステーキ屋や牛丼屋は、およそ西洋人(ファラン)や中国人(コン・チン)や日本人(コン・ジープン)のためにあるとみて差し支えない。(「コン」は人の意。)

 ここにも我は、こなたかなたの違いをみる。その国の文化や民族の性質にも通じる、それぞれを知るための重要なカギが隠されている気がするのだ。

 そもそもわが国に、牛肉なるものが流行(はや)りはじめたのは戦後、だいぶ経ってからである。戦後復興により、経済的にだんだんと豊かになって、肉屋といえばメインが牛肉であり、それを食することが、ある種のステータス・シンボルとなっていく。

 高校の先生であった我が父親は、学校からの帰り道に新しくできた肉屋があって、週に一度ばかり、牛肉を買って帰るようになったのだが、そこへ立ち寄る姿を生徒たちがみとがめて、センセイは牛肉を買っていた、と次の日に、うらやましいゆえの噂がひろがるという、そんな時代が高度成長のとば口にはあったのである。(それ以前、牛肉の前のゼイタクな美食といえば鶏肉であり、我が家では、年に何回か、庭の鶏をつぶして客人をもてなすといったことがあった。※「つぶす」とは殺す、の意。)

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街角の牛丼屋
2009.05.11 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.11 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.12 / Top↑
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2009.05.13 / Top↑
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ブロマガって何?
2009.05.14 / Top↑

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