通番(603)

 もちろん、果汁100パーセントと謳ってある。値段も他のジュースと比べてグンと高い。500ミリリットル瓶でなんと120B(約350円)、日本でいえば1200円くらいのジュースを買ったようなもの。・・・
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ブロマガって何?
2011.07.01 / Top↑
通番(604)

 といっても、まずいわけではない。そこそこの味ではあるのだが、どうしても果肉の味と比べてしまう。このマンクッについては、ワインもあるのだが、・・・
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ブロマガって何?
2011.07.02 / Top↑
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2011.07.03 / Top↑
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2011.07.04 / Top↑
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2011.07.05 / Top↑
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2011.07.06 / Top↑
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2011.07.07 / Top↑
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ブロマガって何?
2011.07.08 / Top↑
 かわいがり、と、いじめの境は微妙なところだが、高橋さんの場合は、かわいがり、に属していた。愛情をもっていじめる、といったところだったか。二度ばかり書き直し(もっと短くしろと)命令を発し、それに我は忠実に従うことになる。

 そして、その後は、また違った観点から、一字一句の点検に、根気よく付き合っていただくことになる。こんな丁寧な編集者には、めったにお目にかかれない。
2011.07.09 / Top↑
 いかにドクにもクスリにもならない(この意味は後述する)代物であったかを再確認する意味で、全文を記してみる。

===
教育基本法

 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

第一条(教育の目的)
教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身とも健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第二条(教育の方針)
教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

第三条(教育の機会均等)
①すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。
②国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

第四条(義務教育)
①国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
②国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。

第五条(男女共学)
男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。

第六条(学校教育)
①法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
②法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

第七条(社会教育)
①家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。
②国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。

第八条(政治教育)
①良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。
②法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

第九条(宗教教育)
①宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
②国及び地方公共団体の設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

第十条(教育行政)
①教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
②教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

第十一条(補則)
この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。

附則
この法律は、公布の日から、これを施行する。
2011.07.09 / Top↑
 およその編集者は、黙って原稿を返す。書き直してください、と一言。二言があるとすれば、ちょっと意見をしておしまい。これを十回までやられて、ついに観念し、純文学から足を洗った(もしくは諦めた)作家もいることは前述の通り。

 我の場合、その点では非常に恵まれていた。やはり、佳作になってかわいそうだから、面倒をみてやる、ということだったのか。
2011.07.10 / Top↑
 これを何の批評眼もなく読み流せば、基本法としてはこんなものだろう、と納得してしまいそうだ。全文には、それなりに立派なことが書かれている。「民主的で文化的な国家」とか、「世界の平和と人類の福祉に貢献」とか、「個人の尊厳」とか、「真理と平和を希求する人間の育成」とか、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」等。

 そして、それに関連して、第一条(教育の目的)には、「人格の完成」「平和的な国家及び社会の形成者」「真理と正義」「個人の価値」「勤労と責任」「自主的精神に充ちた心身とも健康な国民」といった言葉に、建設する、愛する、尊ぶ、重んじる、期す、等と記されている。

 加えて、第二条(教育の方針)には、「学問の自由」「自発的精神」「自他の敬愛と協力」「文化の創造と発展」といった言葉が並んでいる。

 教育の「目的」と「方針」は、これだけである。第三条以下は、授業料なしの義務教育とか男女共学とか、教育の機会均等とか、奨学制度とか、およそ教育の中身とは関係がない。第九条(宗教教育)だけは、以前に述べたことと関連して後に取り上げるが、いまは措く。
2011.07.11 / Top↑
 たったこれだけ、という分量の問題より、その質をみれば、これほど抽象的な言葉の羅列もめずらしい。民主的で文化的な国家、とは何を意味するのか。その中身はどういうものなのか。個人の尊厳、とか何か。個人主義のことか、命の重さのことか?

 世界の平和と人類の福祉に貢献する人間、真理と平和を希求する人間など、当たり前のことだが、それをどうやって育成しようというのか。普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造、とは一体何ごとか。

 そんなことをわざわざいわれる筋合いはない。わが国にはすでにアメリカなど及びもしない、世界に冠たる(従って普遍的であるものもいろいろとある)伝統文化が至るところにあったし、それを発展させるより守るべきものだった。

 普遍的で個性ゆたか、は矛盾する言葉だ。個性はしばしば普遍ではない、その人間独自の性質のことだ。むしろ普遍(均質化、普通化、はみだし不可)をめざして、個性を殺す教育が行なわれてきたことを思えば、矛盾がはっきりする。
2011.07.12 / Top↑
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ブロマガって何?
2011.07.12 / Top↑
 人格の完成、の「人格」とは何か。どういう人間のことをいうのか? どういう人格を完成させよ、というのか。平和的な国家および社会の形成者、とつづくが、これが人格の中身なのか?

 真理と正義、とは何か。どういう真理を教え、何を正義として指導せよというのか? 勝者の論理を振り回して、正義もへったくれもない。「正義」が死語となってしまったのは当然のことだ。

 要するに、まるで雲をつかむような、煙に巻かれたような、というしかない、あまりに漠然とした、曖昧にすぎる言辞を並べたてたにすぎない。これを読んで、ハイわかりました、そうします、といって教壇に立てる教師など、一人もいない、と断言してよいだろう。
2011.07.13 / Top↑
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2011.07.13 / Top↑
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ブロマガって何?
2011.07.14 / Top↑
 さらに致命的であるのは、これは指導する側の心得を示したもので、生徒への指導ではない点だ。教えられる側へは、何一つ、かつての教育勅語のような語りかける言葉がない。教える者が読んでもクスリにならない、ドクにもならない代物なのだから、たとえ生徒にみせたとしても、感想の一つも得られないことは明白である。

 ゆえに、みせなかった。こんなものは(恥ずかしくて)みせられるはずがなかったのだ。(みせてもらった小・中・高生がいたらお目にかかりたい。)
2011.07.14 / Top↑
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ブロマガって何?
2011.07.15 / Top↑
 そう、わが国にとっては、恥ずかしい、不本意なばかりの代物だった。戦前まではあった日本人としての道徳心、愛国心を養う、民族の伝統を守る、といった言葉はカケラも示されることがなかった。

 そこに見え隠れするのは、占領軍(実質アメリカ)の意図だけである。つまり、日本人を以前のような強い、アメリカに刃向うような民族にしてはならない、という前提があった。それは、憲法における、陸・海・空軍はこれを有さない、等とむろん関係、連動している。

 国を愛する精神などはよけいなもの、日本の伝統などはどうでもよい、日本人としての誇りなど持ってもらっては困る、といったことだった。(もっとも、米軍は日本の財産である古都、京都や奈良は爆撃しなかったことの意味はまた別問題としてあるが。)

 原案には、愛国心とか伝統といった言葉が入っていたが、GHQの検閲によってすべて削除されたという経緯がその証左だろう。
2011.07.15 / Top↑