考えてみると、おもしろいテーマがそこにはありそうだ。

 戦後、テレビなるものが登場したのは、確か昭和二十七年(連合軍の占領が沖縄を除いて解かれたころ)?だったと思う。日本放送協会(NHK)が放送を開始(※本放送は昭和28年2月1日~)、その後、続々と民放が開局して、昭和三十年代の白黒時代からやがてカラーテレビの時代を迎えるのだが、テレビが国民の目を釘づけにしていく様をみて、作家の大宅壮一は、「一億総白痴化」という、まことに刺激的な新語を造り出した。それは率直にいえば、一億国民のすべてが白痴になる、つまり、頭の中が真っ白になるくらい阿呆になるという、大宅のような大作家でなければ口にすることが許されない、風刺というにはあまりに刺激的な言葉だった。

 大宅壮一はどうしてそんなことをいったのだろう。紙の世界にいる者として、新しいメディアに脅威を抱いたということが一つ考えられる。恐れというより、ある種の敵意だったかもしれない。が、はっきりといえることは、紙の世界とはずいぶんと違う、恐ろしい影響力をもつ媒体が登場したことに対して、大宅なりの言い方で、日本の将来に警告を発した、ということだろう。

 いわば、それは直感だったにちがいない。大宅にしても、本当に一億国民が総白痴化するとは思っていなかった。が、それくらい言っておいてちょうどいいくらいの、大きな時代の変化を察知していたはずだ。それによって、作家が受難の時代を迎えることもわかっていただろう。紙媒体が世間の窓口で、モノ書きのひとり勝ちだった時代がそうではなくなる、決していい方向へ時代はうごかないという感想が、ハクチなる言葉とともに吐き捨てられたのだ。
2012.09.03 / Top↑
あっ!くんは、熱帯熱にやられて、ただいま就寝中、元気になったら再開します。

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とのことです。向こうも今年は激烈に暑いようです・・・。
ご了解の程よろしくお願いいたします。
(管理人 拝)
2012.09.10 / Top↑
 本vsテレビ。
 まるで違う情報伝達手段は、いきなりテレビに軍パイが上がったのではなかった。昭和三十年代はまだ日本は貧しくて、テレビの普及もそれほどではなかった。

 我が家にその機械がやって来たのは、忘れもしない、昭和三十五年(小学校五年のとき)だった。それまでは、村に数台しかなく、それのある家へ、遠慮しいしい見せてもらいに行っていた。

 なので、それが来たときは、非常にうれしかったことを憶えている。我が村では早いほうで、まだない家のほうが多く、本格的にテレビの時代を迎えたのは、昭和三十九(一九六四)年の東京オリンピック以降のことだった。

 つまり、昭和三十年代はまだ、本(紙媒体の代表)のほうが人々の知識や情報を得る手段として、幅をきかせていた。

 我の友人に、ひとりの古本屋店主がいる。老舗として有名な天牛古書店(大阪・江坂)だが、彼の話によると、昭和三十年代は朝から晩まで(深夜まで開けてさえいれば)ひっきりなしに客がきて、ピーク時は猫の子いっぴき入れないくらいだった。

 あんまり客がくるので、そのうち床が抜けるのではないかと心配していたところ、二階の床が本当に抜けてしまったという(これはおもしろい話なので、我は何度も確かめている)。

 東に岩波(発足は古書店だった)、西に天牛(新一郎<初代>がはじめて古書に定価をつけた)ありといわれて、当時は新書より古本屋のほうが繁盛していたということ自体、まだ日本は全体的に貧しかったということだろう。

 それがだんだんと、日本が高度成長をしてゆたかになるにつれて(新しい世代も登場するにつれて)、テレビが本の世界を侵食していく。天牛(現在の主は三代目の高志<学生時代の長旅中、ロンドンのヴィクトリア駅で出会う)によれば、それでも八五年(昭和六〇年)くらいまではそこそこ本も売れていたという。テレビの登場から約三〇年の歳月を経たころだ。

 それが、八五年以降は、漫画は売れるけれど、一般書の出がまったく鈍っていく。中でも、「哲学書がまったく売れなくなった」という。まったく、を強調したところをみると、本当に買う人がいなくなったのだろう。
2012.09.17 / Top↑
 ほほう、と我は関心を向けた。やっぱり、とうなずいたのを憶えている。三〇年の歳月をもって、ついに国民の「白痴化」が完了したのだと、納得したのである。

 大宅がいった言葉の真の意味は、そういうことだったか。人々が物事の真理を追究しなくなってしまった、それへの関心がなくなってしまった、という事実を天牛の実態が示しているとみてよかろう。

 人の人生が変質した。モノの考え方から生き方まで、テレビによって変えられてしまった、というのが我の見解だ。それは日本がゆたかに、ぜいたくになっていく過程には実のぴったりの、ふさわしい成り行きだった。

 経済的にゆたかになると、人はラクをしたくなる。快適になりたくなる。苦労をせずにモノを手にいれたくなる。テレビをつければ、いろんな情報が勝手に入ってくる、笑いも提供してくれる、本など読まなくてもドラマがある。それもタダで(NHKをみる人は別だが)、年中無休かつ二十四時間(休み時間があった時期もある)!

 実際、本を読むというのは、受身のテレビとは逆に、能動的でなければならない。自分で欲しいものを選び、金を出して手に入れ、自分の目で活字を辿り、自分の頭を働かせて吸収しなければならない。はっきりいって、しんどい。それを書くほうはもっとしんどくて(今では条件が整わなければとてもモノ書きなどにはなれない時代が来ているのだが)、そんなものを書いたり、読んだりするよりも、テレビに映るものを見ていたほうがどれほどラクか、つくづく思う。

 いずれ逆転、軍パイがテレビに上がることは目にみえていたがために、大宅は思い切りしんらつな言葉を投げ出したのだ。
2012.09.29 / Top↑