話を元に戻そう。
テレビの功罪といったが、「罪」のほうこそ、今の時代には認識されねばならない、と、裏切りを承知でいう。

 その第一は、「自分で考えて行動する」力を奪ってしまったことだ。提供される番組は、数あるものの、それは見る側が積極的に選んだものではない。勝手に、向こうから、おもしろいだろう、といわんばかりに差し出されたものにすぎない。おもしろそうだ、見てみよう、ということで視聴者はチャンネルを定める。そして、見てみたところ、確かにおもしろかった、とか、おもしろくなかった、といった「感想」が出るわけだけれど、たとえ、おもしろかったという人々でさえ、それが血となり肉となって、みずからの人生の糧となったり指針となった人がどれだけいるだろうか?

 おもしろくなかった人は、ただ、時間の無駄使いをさせられたにすぎない。この膨大な時の浪費が、ハクチ化を招いたといえるだろうか。あるいは、テレビこそが、遊園地で遊ぶ子供のごとく、膨大な遊びの時間を提供してきたのであって、国民は遊びすぎてハクチ化したともいえるのではないか?

 我の場合、影響を受けたものは一つだけあった。東京オリンピックで体操を見たことが高校時代に体操部に所属させることになったこと。あとは、何一つとしてなかったという事実が、まさにテレビの現実(むろん我にとっての)だったというしかない。
2012.12.11 / Top↑
 みずから選びとる、という行為には努力がいる。天牛古書店(大阪・かつては道頓堀、現在は吹田市江坂)の床が、あまりの人で抜けてしまった時代には、そういう人生に真摯な人々の姿があった。みずから選び、代価を払い、文字を追い、感動し、それをみずからの人生に生かす、といったことが当然のごとくにあったのだ。

 我の父(2002年没)は、大阪の旧制住吉中学(現在は府立住吉高校)の教師だったころ、教え子たちに、「読書は三度の食事のようにしなさい」と命じた(医事評論家・水野肇氏の証言)というが、戦後のテレビがそういう教えを無意味にしてしまった第一?の原因であることは間違いない。

 勝手に与えられるものは、みずからの血肉にはならない! ゆえに心が空洞化する。これがハクチ化の真相なのである。

 しかし、テレビだけを犯人とするのは、公平さに欠けることも確かだろう。我は、もう一つ、同じく画面に映して楽しむゲーム機なるものが出回り、子供たちが夢中になりはじめたころから、わが国はさらに変質してきたとみている。それは日本という国自体が、肉体的にはむろん精神的に弱体化していく、つまりハクチ化していく原因として、テレビと同等かそれ以上の役割を演じたのではなかったか。

 これ以上いうと何とか堂に叱られるだろうが、もっと言えという声も聞こえるから、遠慮なく歯の衣を取り払おう。

 科学技術の発達が、人間をよくもあしくもしていくことは万人の認めるところだが、野外で遊ぶべき子供たちの健全性を、室内で遊ぶ不健全性へと変えてしまったのがゲーム機だ。それも暴力的な架空のお遊びを現実と混同させてしまうまでの現実は、無差別に人を殺傷する例を待つまでもなく、ただ恐ろしいというしかない。いつだったか、ある人が、殺人ゲームに夢中になっているわが子に、ゲームでは生き返るが実際に殺したら生き返らないのだという事実を教えるのに、本当に苦労したと嘆いていた。

 子供時代からすでに本とは無縁の生活を過ごしている(漫画は映像と同等とする)のだから、彼らが大人になってその習慣を変えるのは至難というしかない。人に与えてもらったもの、苦労をせずに手に入ったものは、勝手に流してくるテレビの番組がそうであるように、人をして怠惰という名の堕落をもたらす元凶である。

 いまの高校生に「将来、偉くなりたいか」どうかのアンケートをとったところ、イエスと答えたのはたったの8パーセントだったという結果が新聞に載ったことがあるけれど、そういうことを中国に知られた日には(むろん知られているにちがいないが)、何をやっても日本人は黙っている(怒っても仕返しはしない)、日本在住の中国人を、横浜のチャイナタウンを襲撃することはない、と安心しきるのは当然のことだ。

 戦後のわが国の、加速してきた精神の弱体化、脆弱化は、昭和元禄とか平和ボケといったコトバで表されてきたが、ある意味でそれが幸せであった時代がもはや続かなくなり、ボヤボヤしてはいられないことを思い知らされているのはよいことに違いない。

 日本人は本質的にバカじゃない。どの民族よりも頭がいい。それだけが取り柄だと、つくづく思う。大丈夫、数知れない悪質で愚かな民族より、はるかに大丈夫だ。ただ、消すべきもの、やめるべきものを実行すれば、の話であるが。
2012.12.24 / Top↑
 我がテレビには出なかったという話から、ずいぶんと横道にそれてしまったが、もう少しだけ。

 出たほうがよかったのか、出なかったことが正解なのか。そんなクエスチョンも、今ではどうでもいいことだ。今こうして異国にいて、こういうものを記している我は、そうなるべくしてなった、いわば縁起というものがある。

 わが親友の作家、軒上泊(彼も今は四国の土佐に落ちのびて生きながらえているが)は、「お前はマスクに問題があるから」テレビには出るな、と彼流のユーモアを込めていったものだが、ひと頃は永島敏行主演の映画「サード」の原作者として一躍有名になった彼も、テレビにはよく出たものだった。元少年院教官の肩書きをもって、我とは同郷のよしみ(歳も同じ)で、いいたいことをいえる仲だ。

 出す本とはまったく関係がなかった例として、やはり前述(追悼文)の藤本義一氏がそうで、いくらテレビに出て名を売り、人気を得ても、出す本の売れ行きとはまったく関係がなく、生計の不安定さ、苦しさについてはよく公にされていた。もっとも、氏の場合は、テレビ人間から作家へ、という特異なケースで、放送作家の肩書きから直木賞作家になったとたん、こんどは別の闘い、本がどれだけ売れてくれるか、というモンダイが加わって、しかも、テレビの仕事を執筆のために削ることになったのだから、実入りはどっちがよかったか?

 放送作家から直木賞作家になった人に、向田邦子がいる。この方は、不運にも航空機事故で亡くなった。我が台湾を旅していた当時、その救出に携わっていた人と出会って、気の毒だったという話を聞いたことがある。人の運命だけは予測がつかない。

 これだけ出演(+準備)に時間を割いているんだから5万円くらいはよこせよ、3万円は少なすぎるんじゃないの、といったら、はい、とプロデューサーが肩をすくめて答えたという軒上泊の言葉は、テレビに出ても本が売れない(よけいに売れなくなる?)現実に照らせば、あまりに当然、というべきだったか。

 ちなみに、我がひとつだけ出ることを余儀なくされたNHK(二時間番組の司会)で、振り込まれたギャラはなんと3万円を切っていて、おえッ、と驚いたものだった。思い出したくもないが、そのためにこしらえた洋服が仕立てで20万円、ゆえに赤字は17万円強であったから、これもテレビにはもう出ないと決めた理由の一つ。

 テレビは売れっ子のタレントを除いてすべての者を低ギャラで使ってはばからない(出してやっているという姿勢)、その驕慢さは、社員の高い給料に比して、鼻持ちならないというしかない。確かにテレビに出れば名が売れて、歌手はギャラが上がる、モノ書きは講演が来る、などのメリットがあるから、一概に非難ばかりできない部分はあるにしても、講演などは受けない作家(例えば藤堂志津子<「熟れていく夏」で第100回直木賞>がそうだった)もいるわけで、テレビのそうした姿勢、高慢さそのものが我は嫌いだった。

 その傲慢性は、しばしばといってよい誤報、まちがった情報をバラまいてみせることで、あるいは真実、真相を描くことがないために、報じられる側の計り知れない不利益となって現れるときがいちばんタチがわるい。テレビに殺られましたと、かつての新潟地震で、震源地から遠く離れた下越の温泉町まで巻き添えをくって客が来なくなったことを嘆いた例(映画「新雪国」の舞台となった月岡温泉)や、カイワレだいこんの有害誤報などは殺人に相当する罪な話であったし、枚挙にいとまがない。速報性がテレビの取り柄ではあるが、それゆえに大変な間違い(新聞でいう「裏をとる」ことなく)もまたおかしてしまうのである。

 海外情報にしても、例えば当地の洪水(2011年)については、まるでバンコク市街すべてが水に浸かっているかのような印象を与える情報を扇情的に流したことで、観光客がぴたりと来なくなった。結局、大騒ぎをしている最中でも、バンコクの中心街や主な観光地は無事であったし、首都の大部分は最後まで守られて、たとえ観光客がきても何の支障もなかった、にもかかわらず、派手な報道は、実際以上に悪い印象を人々に与えてしまうのだ。

 これは、政治的混乱のあったときにもいえることで、観光客は来なくなったが、在留邦人はひとりもケガひとつしていない。報道カメラマンがひとり、弾に倒れたけれど、非情な言い方で申し訳ないが、なぜ防弾チョッキもつけずに渦中に飛び込んだのか、いかにも常識を無視した軽率が死を招いたというしかないのであって、騒動の現場に近づかない在留邦人や観光客がケガをするはずがない、という事実は一切報じられることがない。いつも感じざるを得ない、その種の理不尽はカラダに悪い。

 おい、ササクラ君、また言い過ぎじゃないのか、と(藤本)義一つぁんの声がした。いや、あなたは特別だった(と我は答える)。テレビにもトクベツな人がいる、テレビはそのトクベツな人でもっている、ともいえるだろうか。そして、テレビはトクベツな人を物色しているのだ。国民をハクチ化するとバカにされないために、文化の香りがかかった人物をタレント化すべく探している。

 栗本薫(本名・中島梓で群像新人<評論部門>賞・故人)、若一光司(文藝賞作家)、青山繁晴(芥川賞候補作家・あるシンクタンクの創設者)、石田衣良(直木賞作家)等。青山君は、我の高校と大学の後輩(高校は姫路市の私立校)であるから、テレビの功罪の「功」をめざして頑張ってもらいたいものだ。(むろん。そのうち芥川賞を、と期待したいところだが。)

 かくいう我も、万が一長生きをして、何もかも悟りの境地に達し、テレビの功罪などと偉そうなこともいわなくなったころに、何々の番組に出てくれませんかとオファーがあれば、よろこんで、と答えているかもしれない。人間は変わる、明日はまた別の自分がある、といっても過言ではないくらい、みずからの考えや方針、あるいは信条すらも変わっていく可能性がある。

 うるさいことも、偉そうなこともいわない、枯れた人間になったとき、我は平然とテレビに顔を出しているかもしれない。あれほどテレビの悪口をいっていた人間が、と人は呆れるかもしれないが、ササクラさん、テレビにはゼッタイに出てはだめよ、といっていた人(芥川賞作家・高樹のぶ子)が何ヶ月か後にはテレビに出ていたから、おう、と目を見張ったものだった。そういえば、国民総白痴化を予言した大宅壮一の娘、大宅映子(ジャーナリスト・評論家)が一時テレビに取り込まれていたことが、なんとも皮肉な成り行きだったというしかあるまい。

 そういうことが世の常、あるいは無常であることを結びとして、テレビの話はおしまいとしよう。

 あッ!くんの今年も終わった。よいお年を。しばらくお正月休み(2週間ほど)をもらって、また会いましょう。
2012.12.31 / Top↑