しかり、皮膚感覚というは実に人それぞれであると思う。

 ぼくの知人で、同じジム(フィットネス)に通うW氏は、すでに(というより、まだ?)75歳になる日本人だが、鍛え上げた肉体はぼくの数倍のウェイトを軽々とこなす。歩きやランニングも実に達者だ。

 筋肉だけは年齢不詳、いくつになっても鍛えられるそうだが、W氏がまさしくそうで、いわく、「これ以上衰えないようにしないとね」。ほぼ毎日のジム通いは、世話をしてくれる人もいない(あまり金がないため?)、孤独死も覚悟しないといけない異国暮らしの、せめてもの心理的保障なのだ。

 ときどき、昼や夜の食事をごいっしょする。その席で、この季節、Wさんは、寝るときにつけていた扇風機が回りつづけているにもかかわらず、朝方になると、身体がポッポ、ポッポと火照り、暑くてならない、ランニング・シャツ一枚を着けているだけなのに、それも脱ぎたくなる、という。

 ぼくは驚いて、信じられない、と口にしたが、彼は、本当だと笑ってのける。扇風機などつけていないのに、朝方は、薄着をして寝ると背中が冷たくて、しまった、もう一枚着けて寝るんだった、と悔いることがしばしばのぼくは、10歳も年上のW氏のほうがはるかに強くて丈夫な事実にがくぜんとした。

 ものの本によると、体温を上げると免疫力が飛躍的に増す、そうだ。そして、体温を上げるためのもっとも有効な法は、筋肉をつけること、だという。

 ぼくの場合、こちらに来て五年が経つころ、バンコク病院を訪れた際、看護婦さんから、基礎体温は37度、と告げられて、えっ、と驚いたものだった。日本にいたころは35度しかなかったのに、と。これはやはりこちらの温かい気候のせいに違いない、と思ったものだが、そういえば、こちらに来て以来、風邪ひとつ引いたことがないのは、体温が上がったことによる免疫力のアップが幸いな結果をもたらしているのだろう。

 W氏の場合、ほぼ毎日のジム通いで筋肉りゅうりゅうであるのに、さらに温かい気候が加わって、朝方は冷たい(とおよその人が感じる)この季節に、暑くてしかたがない皮膚感覚をもたらしているにちがいない。

 筋肉を鍛えていく、それも良質の筋肉をつけていくべきだと、ものの本にはある。そのためには、重い量を上げるより、力がついても定量のまま、より素早い動きを、と書いてあった。確かに、オリンピックに出るのでなければ、重量を増すのは危険だと、この歳になって感じるが、若い人はそれに気づかず、やりすぎてケガをして、壊れてダメになるケースがあとを絶たない。

 朝の八時頃ともなると、明るい太陽が街路を、コーヒー屋を照らしはじめる。

 熱くない、ほどよく温(ぬる)い光線は、肌に心地よく、日傘をさして歩く人もいない。しかも、ほぼ毎日、さわやかな風がある。この風がなければ、けっこう熱いはずだが、おかげで肌を涼しくしてくれる。日本でいえば、小春日和だろうか、寒さに震える地からは考えられない気候だ。

 タイ南部から届いたマンゴスチン(タイ語でマンクッという)も市場にあふれている。ひと頃、この季節にはなかった果物だが、人気が高いので栽培地が拡張されたのだろう。ぼくは毎朝八時ころ、コーヒー屋へ向かう途上、店を開けて間もない果物屋でこのマンゴスチンを5個ほど買う。20バーツだから、約60円。それをコーヒー屋で食べる。果物の女王(という人もいる)マンクッは、満(マン)足、クックッと笑いたくなるほどにうまい。

 うらやましい、という人には、こう返しておこう。できることなら、ぼくも日本で、雪見をしながら酒を飲みたい、温泉にもつかりたい、が、それはできない相談だ。

 これを、ないものねだりという。人が、いちばんしてはいけないことだ。なのに、してしまう、あれもこれもほしいと思う。あさはかな欲から、今年も解放されそうにない。
2013.02.04 / Top↑
 この季節、太陽は南半球をより間近に照らすため、タイのような南国でも日差しはやわらかく、日没も早い。午後六時にはもう暮れて、六時半ともなると、闇が迫ってくる。そして、風もさわやかさを増し、朝方六時過ぎの夜明けに向かってさらに温度を下げていく。

 例年、文字通り寒い日(最低気温20度前後)が幾日か続くのだが、今年はそういう日が皆無だった。日々、最低25度くらいは確実にあって、セーターを着て(ときにはその上にジャンパーまで着込んで)寒いさむいと連発する人がいなかった。今年は、暖冬?だったといえるだろうか。

 それでも、風邪なるものが流行ったそうで、ぼくは鼻かぜですんだけれど、知人とその周りの人たちに聞くと、いろんなウィルス性のカゼをひいている人が多かったという。

 やはり空気が乾燥していて、細菌も飛び交いやすいということだろうが、日本の冬と同様の現象が同じ時期のこの南国にもあるというのはおもしろい。

 そういえば、ぼくの友人、アメリカ人のスティーブは、人に貸してあるニューヨークの自宅がサイクロンで破壊されたため、昨年暮れから2ヶ月ほど、修理するために帰国していたのだが、こことはあまりに温度差のある故郷で風邪をひき、バンコクへ戻ってきてからも鼻をグズグズさせていた。人の身体にとって、温度差というのはいずれにしてもやっかいなもので、南北を往来する人はとくに注意が必要である。

 彼いわく、アメリカではタイ食、とくにこのソムタム(パパイヤ・サラダ)が恋しくてならなかった、と食べながら話した。ぼくと同じ行きつけの店で、なるほど、2ヶ月も留守にすると、そうだろう。温度差ならぬ“食差”ともいうべき違いがこなたかなたにはある。

 ここと比べれば、アメリカの食などは貧相で、ある料理家にいわせると、可哀想なくらい味気ないというが、スティーブもそれは肩をすくめながら認めて、タイ料理店にいけばソムタムもあるが一皿25ドルもする、しかもここより格段にまずい、と笑った。
2013.02.12 / Top↑
下記の箇所、250となっておりましたが25の誤植だったとのことです。
お詫びして訂正いたします。(管理人)

「スティーブもそれは肩をすくめながら認めて、タイ料理店にいけばソムタムもあるが一皿25ドルもする、しかもここより格段にまずい、と笑った。」
2013.02.12 / Top↑
 ぼくの住むマンションへ、このほどひとりの客人がやってきた。日本でいちばん寒い季節(2月)を逃れて一ヶ月、暖かい南国で過ごすためで、今年75になる、もう老人といってよいFさん(男性)である。

 昨年もやはり同じ時期にやって来て、自称66歳で通した。今年は69歳ということに変更したのは、さすがに歳を感じるからだそうだが、サバを読んでいることに変わりはない。

 年齢を過少申告したいのは女性だけかと思っていたが、どうもそうではないことがわかってきた。歳はとりたくないもんだと昔からいうように、ある年齢を過ぎると、そういう思いは一段を増してくる。ぼく自身も最近は、問われると素直に答えられずに、いくつだと思いますかと、逆に問い返して時間かせぎをするようになった。

 タイ人は一般に老けるのが早く、ぼくの歳(今年65歳になる予定)ともなると、もうすっかりお爺さん、まして75歳などは、しわくちゃ爺ということになる。社会から完全に引退する(あらゆる職から手をひく)のが60歳であるらしく、実際、その歳の人はふつう、よぼよぼではないが、かんおけに片足を突っ込んでいるのか、歩き方もどこかおぼつかない。

 女性も事情は同じで、タイ人の奥さんをもつぼくの知人は、30代の後半になってバタバタバタと老けてしまった、という。そのようなことは一般に認識されているらしく、まだ30代に入ったばかりなのに、おバアさん、などという女性がいる。春は短し恋せよ乙女、というのは、わが国ではなくこの国にいえることか?

 ただ、むろん個人差というのがあって、とてもそんな歳には見えない女性も中にはいる。てっきり20代だと思って付き合い(本人もそのようにいい)、婚約までしていた日本人は、あるとき、もう39、その年40歳になると知ってびっくり仰天したという。それでも婚約を破棄することなく、めでたくゴールインしたのだったが、男女の恋は年齢とは関係がないのかもしれない。

 それはともかく、一般のタイ人に比すれば、Fさんなどは75歳と告げる必要はなく、69で充分に通じるし、ぼくの場合も、60過ぎにみられたことは一度もない。だいたい、55歳前後に見られることが多く(若い女性から37歳といわれたこともあって、そのときは嬉しくて昇天しそうになったものだが)、それでも実際より10歳は若いわけで、ある意味ではトクをしているのかもしれない。

 もっとも、いまのぼくは坊主頭であるから、白髪が目立たない、という事情もある。これをずぼらして少し長く伸ばしていると、65歳、とピシャリの答えが返ってくるから、白髪のイメージはやはり老人なのだろう。

 75歳とはいえ、ひとりで飛行機に乗ってやって来ることからして、すこぶる元気なのだが、やはり寄る年波の不都合はあって、その最たるものが前立腺という男性特有の加齢による現象だ。

 これが到着から3日もすると、すっかり癒えて、おしっこの出かたがまったく違うという。日本では、まるでポタポタ、つららとまではいかないまでも、凍ってしまったかと思うくらい出がわるかったけれど、それがすいすい、快適そのものであることに、まったく嬉しいかぎりだという。
2013.02.18 / Top↑
 また、ぼくと同じ年齢で、同じアパートメントを常宿とする日本人の男性がいるのだが、彼もまた、日本では、この季節はとくに、おしっこが逆流してしまうくらいに出がわるいのに、こちらにくると大丈夫になってしまう(薬も減らせる)のだと話していた。

 老いてくると、身体のあちこちが痛んでくるのはしかたがないことだが、それを和らげてくれる第一の条件は温暖な気候であると、自他ともの例をみて、最近はとくに思う。

 かつて交通事故で脚を複雑骨折した男性もまた、寒い時期にこちらに来て過ごすのは、日本ではその箇所が未だに疼くけれどもこちらではそれがないためで、タイ料理がほとんど食べられない(口に合わない)身でありながら、それでも来るのは、彼にとって、何にもまさる価値が気候にあるからにほかならない。

 まだ若いうちは、もちろん、そういうことは関係がない。ぼく自身も40代くらいまでは、日本の気候に文句をつけたくなったことはない。四季があり、その折々のすばらしさはいうまでもないことだ。ぼくの両親は終生、どこまでも日本の気候風土を愛し、どれほど冬が寒くても故郷を動こうとはしなかった。南国へ遊びに来るかといっても、ここがいいといって、首をタテに振らなかった。

 そういう人たちの考え方も確かにひとつの見識であり、立派だと思う。が、ことと次第によっては、そうではない道も、故郷を、故国を離れて暮らす道も当然にあってよい。

 ぼくの場合は、経済難民としての移住であったけれども、年金生活者のなかで、こちらへ来てやっと暮らせるWさん(前述)のような人もまた、動機は同じ(経済的なもの)だった。それでいいのだと、いまは思う。

 きっかけが何であれ、その後、異国でどのように暮らしていくのか、いけるのかということがいちばんの問題であり、それをクリアしながら生きていくことの大変さは、日本にいてもあったはずのそれと同じであるから、後悔もまたない。

 Fさんに、それじゃ、こちらでずっと暮らしたらどうですか、というと、いや、日本は日本でいいところがあるから、帰るよ、との答え(女房より孫の顔がみたいこともあって)。やっぱり、まだ老人とはいえないようだ。
2013.02.25 / Top↑