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 タイ人の面倒くさがりは、日本人の数倍にも達するだろうか。

 例えば、約束の時間を守らないのはなぜかというと、時間を調整しながら物事をすすめるのが面倒くさいからだ。約束をすっぽかすとき、なぜ電話の一本もかけないのかというと、これまた面倒くさいためだ。歩くのが面倒だから、すぐバイタク(バイク・タクシー)に乗る。空のペットボトルをそのへんに捨てていくのは、ゴミ箱を探すのが面倒くさい、まして家まで持ち帰ることなど考えもしない。開けたドアを閉めるのが面倒だから、開けっ放しで立ち去る。ワンタッチですむものを、それすらもしない。

 ぼくのいるアパートメントは、最近、ついに業をにやして、玄関ドア(簡単なセキュリティ付き)を開けっ放した者には百バーツの罰金をとる、とドアに貼紙をした。それでも改まらないので、五百バーツに変更すると、ようやっとマシになった。

 通っていたフィットネス・クラブ(いまは倒産、閉鎖)については、言いたいことが山ほどある。たとえばロッカーだが、使った後、十中八九の者が閉めずに立ち去る。シャワー・ルームはゴミだらけ、使い終わった空ビンやパッケージの類を持ち去らない。すぐ近くにゴミ箱があるのに、散らかしていく。街にゴミが散乱するのは、けだし当然のことなのだ。

 許されるかぎりの身勝手をやる人たち、と最近のぼくは解ってきた。約束の重要度、つまり、どうしても守らねばならないこととそうでもないことを分別する力は非常にある。どうでもいい男との約束などは、どうでもいいのであって、後で、どうして来なかったのかと問えば、ちょっと疲れてしまったから、とか、おもしろいテレビ番組があったから、とくる。電話なんか、面倒くさいからしなかった。

 歩くと暑いし、汗が出るし、だからバイクに乗る。ゴミを散らかしていっても、掃除の小母さんが片付けてくれる。開けた扉はそのうち誰かが閉める、自分が閉めなくてもいいじゃないか。そんなことをわざわざする必要がない、といわんばかり。

 要するに、自分にきっと益をもたらす(やらなければ損をする)ことはやるが、それ以外は、気が向けばやる、気がすすまなければ(面倒だから)やらない、実に勝手気ままなのである。
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2013.06.03 / Top↑
 フィットネス・クラブであった話をつづけよう。メンバーになってはじめてロッカーを使ったときのこと。メンバーには専用のロッカーが与えられていると思っていたぼくは、中にモノを置いて鍵をかけたまま帰宅した。

 ところが、翌日、行ってみると、鍵も中のモノもなくなっているではないか。さては泥棒にやられたかと思い、念のために聞いてみると、係員はうなずいて、奥から保管しておいたモノを出してきた。よくよく事情を聞けば、ロッカーはその日だけの使用で、個人の専用ではないとのこと。では、鍵はどうしたのだと聞くと、ぶっこわして中のモノを取り出した、という。ぼくはひどく驚いた。

 鍵の一つにだってカネがかかっているのだ。わが国のジョウシキからいえば、まだ事情がわからないメンバーが誤解して鍵をかけていったのだろうから、その者が次に来るのを待って、説明すればよい、ということになるだろうか。空きロッカーはいくらでもあるのだから、急ぐ必要はない。

 なのに、遠慮もなくぶったぎり(巨大な鉄のハサミで簡単に切れる)、そ知らぬ顔でいるとは、何と乱暴な人たちなのだろう、としばらくは開いた口がふさがらなかった。

 そういえば、そのクラブ(都内の方々にあった)は一時、泥棒騒ぎが起こり、すっかり評判を落としていた。そうとも知らずメンバーになったぼくもうかつだったが、噂では、泥棒は従業員たち(グル)以外に考えられない、ということだった。

 会社帰りに立ち寄るメンバーたちがポケットにいくばくかの金を持っていることくらい、聞かなくてもわかる。鍵をこわして中のものを取り出せる者でなければ、そう簡単に盗みをはたらくことはできない。ぼくの経験からして、ドロちゃんは明らかに従業員、と断定したのだった。

 タイ語に、ヘンケーツゥア(利己的であること)というのがあって、禁止(してはならない)を表す語、「ヤー」をつけて、ヤー・ヘンケーツゥア(自分勝手になるな)。慣用句のように使われる言葉で、人々がお互いに利己的であることをよく認識しているためだろう。

 こうみてくると、「怠惰」と「面倒くさがり」はやはり通じるものがある。タイ語では同じキー・キャットであることも納得がいく。近年のタイ人が肥ってきたのも、食の量(欲のまま沢山食らう)に加えて、この面倒くさがりが相当に影響しているにちがいない。

 長いローンを組んで(キャッシュで買う人は稀である)手にいれたバイクや車は、まさに人々の性格にぴったりな乗り物であり、結果、またぞろの地獄的交通渋滞を招いているのだが、ほんの近場に出かけるときもバイク、バイタクに乗る、車で行く。ということは、食べもののエネルギーを使い切らずに一日が終わる可能性が大である。

 運動不足は、いまやこの国の人々も大いに認識していることのようで、オークカムランカイ(「運動する=身体の力を出す」の意)というタイ語もよく耳にするようになった。
2013.06.10 / Top↑
 わが国でも、ある時期からフィットネス・クラブに通う人が多くなった。やはり肥満のモンダイがクローズアップされてきた頃だったか、忙しい勤め人(とりわけ都会の)にはそこが身体を動かす場所となって、それはいまも継続中である。

 事情はこの国、この都会も同じで、都会人の肥満(もしくはその恐れ)がフィットネス・クラブの発展をもたらしている。いまはまだ過渡期で、大繁盛というわけにはいかないが、ぼくの住む地区だけで、三ヵ所もの立派なクラブがある。メンバーになるには、月契約、年契約などいつくかの形があるけれど、いずこも決して安くない。外国人はタイ人より高い(二重価格)ところもあって、ぼくなどはその格差に損をした心地になったものだ。それでもメンバーになれるタイ人は未だ限られていて、けっこうな身分か(タイ人のお金持ち層<相続税がないに等しいため世代を越えて裕福である>)、稼ぎのいい人(食いすぎて肥満になる恐れが多分にある層)にかぎられる。

 ぼくの所属していたクラブは、タイ人8割、外国人2割といったところだった。最大手のクラブとして、発足当初はプロモーションとして格安の、しかも終身会員として募り、ぼくの行きつけであるコーヒー店の女主人、ヌワン(※以前のノーンさんは聞き間違い。訂正)さんも入ることができた。彼女の情報で、ヨーガの教室もあるというのでやってみる気になったのが発端だった。インドから呼ばれた男性ふたり、タイ人女性ひとりを先生として、けっこうな繁盛ぶりだったが、数ヶ月ほど経ったある日、突然、入口のシャッターが閉まった。

 クラブには器具が多種そろえてあって、重量挙げからウォーキング・マシンまで、どんな目的にも対応できるようになっていた。が、さあ、これから、というときに突然の閉鎖となったのである。

 聞けば、一度は倒産した会社で、今度が二度目の本格倒産だという。そんなことは知るよしもなく、文句をいっていく場所も術もない。ただ、これがタイなのか、何箇所かあったクラブのうち、一つだけは開けておく、という方針がとられた。倒産ならば、すべてを閉めてお終い、となるべきなのに、そうはならないところが、いかにもタイ国らしい。

 なんでも銀行が譲歩して、一定期間、支払いを猶予したという噂だが、社長はとうに海外へ逃亡して(けっこうなお金をもって)姿を消しているのに、のこされた者で経営をやっていくという、おもしろい現象だった。一つだけ開いているところがぼくの住む界隈にあって、当初からの所属だったから、幸いというべきだったが、情報では、いつまたシャッターが下りるとも知れない、といわれていた。
2013.06.17 / Top↑
 わが国では、放漫経営というのだろうか。それによって立ち行かなくなったり問題を抱える企業が「大」と名の付くところでさえ、時おり見受けられるが、「放漫」は「雑」という語に置き換えられる、とぼくは思っている。ザツは、大雑把のザツ、乱雑のザツ、である。

 タイ人の性格について、もう一つ、見逃すわけにはいかないのが、この「雑」である。

 かつて、大阪人の気質を一言で表すとすれば何かと問われて、「雑!」と単刀直入に答えた人がいたそうだ。その話を聞いたとき、ぼくも大阪人のはしくれ(兵庫県のわが地域は大阪に近い)であるから、妙に腑に落ちるものがあった。そうかぁ、雑かぁ、と唸ったものだが、いま、そのことを思い出しながら、この国の人々にこそ、ぴったりな語ではないかと感じるのだ。

 続きに、ぼくが所属するスポーツクラブを例にとると、その経営が放漫であったことはいうまでもないが、そこで身体の力を出す(オークカムランカイ)人たちの雑さ加減たるや、ロッカー・ルーム(扉を閉めない)やシャワー・ルーム(ゴミを散らかす)、個人使用と誤解した顧客(ぼく)のロッカーの鍵をぶった切る等の有様はむろん、さまざまな器具を使う際の乱暴さについては、言葉がなかった。

 例えば、重量挙げの選手さながら、獣みたいな声を出して挙げたバーベルをドカァーンと床に落とす、その大音響たるや、一瞬床が抜け落ちるのではないかと恐れたほどだ。実際、床はでこぼこで、不用意に歩くと足をとられた。

 ある時期、電気系統の故障で数週間の閉鎖となったのはさもありなん。だが、クラブのスタッフがそういう輩を注意するかというと、それがまったくない。お咎めなしであるから、筋肉隆々の巨体が、相変わらず数百キロのバーベルをドカァーン、ドカァーンと爆弾みたいに床に落としつづけるのである。
2013.06.24 / Top↑

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