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 ついでながら、この国の仏暦は西暦より543年さかのぼる。従って、仏暦から543を引くと西暦となる。むろん、ブッダ(「覚った者」の意。本名はゴータマ・シッダッタ)の入滅年から数えてのことだが、その年については諸説あり、中国、日本へと伝播した北伝の大乗仏教では、紀元前4世紀説。享年80歳という言い伝えは両者とも一致しているが、生誕年についても諸説あり、スリランカ、タイ、ミャンマー等への南伝(上座部仏教)では紀元前7世紀(もしくは6世紀)説、北伝は5世紀説(日本では463年説が有力)と、相当な開きがある。

 熱心な仏教徒(とりわけ高齢の女性に多い)は、イスラム教におけるメッカ巡礼のように、仏教の聖地巡りをする人も少なくない。これも海外へ旅する余裕ができた昨今の経済力向上のたまものだろうが、ルンピニー(生誕の地)、ブッダガヤ(覚りの地)、サルナート(初転法輪―初めての説教―の地)、クシナガラ(入滅の地)がいわゆる四大聖地だ。  

 それはともかく――

 ソンクラーン祭の日に外出すると、全身びしょぬれ、衣を重くして歩く仕儀となる。別名、“水掛け祭”、もしくは“水掛け遊び”と称されるように、誰彼となく、道行く人に水(ナーム)をかけて楽しむ行事である。

 もともと、チェンマイあたりで始まったといわれるが(遡れば、タイ族の原住地である中国・雲南省はジンホンあたりにもある水掛祭に源を発するようだ)、近年はいずこも非常にはげしい。ピックアップ車にドラム缶を積み込んで、バケツで車上から道行く人に浴びせかけたり、逆に歩道からホースで応酬したり、ある年のチェンマイでは、バケツの水がバイクを直撃し、後ろに乗っていた女性が転落して死んでしまうという出来事があった。

 首都バンコクでもむろんジャージャー、バシャバシャおこなわれる。その期間は大半が故郷へ帰ってしまうため、街はふだんと比べると格段に静か、交通渋滞もやわらぐのだが、それでもバンコク子や居残り組が相当な騒ぎを繰り広げる。

 パウダーを顔に塗りつけ合ったりもする。近年は、ホースや水鉄砲で攻撃的に浴びせかけるので、危なっかしくもある。とくに水鉄砲は年々大きさを増して、まともに食らうと痛いほどだ。ぼくは耳を直撃されて、もう少しで鼓膜をやられるところだった。

 午前中は、花と線香とロウソクを携えて寺院に参り、僧侶に水をかけられたり、仏像に水をかけたりしながら心身を清め、新年の誓い、願いごとをする。しかる後、昼ごろから大騒ぎがはじまるのだ。
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2013.08.05 / Top↑
 だが、その昔、水掛け祭は、もっと静かで厳かなものだったという。

 バケツやホースを使ってぶっかけるようなことはなく、コップや手桶の水を道行く人の肩に注いで、その人の幸福を願う、というのが本来の形だ。水掛け合戦は、近年になって本来の行事が変貌、エスカレートした結果であるという。

 過激化する行事には一度で懲りる外国人が多く、ソンクラーンの三日間は一歩も街に出ない、水が怖いからという人もいる。飛行機の座席もその期間は空いているようで、少なからずの外国人にとって二度と見たくもない行事と化してしまったのである。

 期間中の死者は、例年、300人を下らない。そのことに業を煮やした政府は、2013(=2556)年から、とくに過激化するエリア(シーロム通りやカオサン通り)にかぎって酒類の販売を禁止した。それでも隠れて飲むことは可能であり、どれほどの効果があったか、終わってみれば、285人の死者、と発表された。例年の300人突破は免れたものの、コーヒー屋の店主、ヌワンさんは肩をすくめて、あと15人で300人だった、とわざわざ言って苦笑したものだ。死因はほとんどが交通事故で、バイクと車の飲酒運転によるもの。

 乱暴というにはあまりの有様で、爆音を響かせてクルマを駆る輩の多いこと。タバコを吸いながら、もしくは携帯電話をかけながら(ときにはタバコと携帯の両方をやりながら)片手でバイクを運転する日頃の習性には呆れてしまうが、それがお祭で極限に達するのだ。これほどとは思わずに最終日に外出し、大型水鉄砲で耳をやられたことは記したが、さらには帰路、狂気乱舞する若者たちにバスの通行を封鎖され、一時間ほども立ち往生、事故もあったようで救急車のサイレンが鳴り響いた。

 なぜこれほどに傍若無人化してしまうのか、理屈をつければ、日頃の欲求不満やストレスが爆発してしまう、ということが考えられるだろうか。国の近代化、経済成長とともに街が変わってしまったように、人の心もどんどん変わっていく、もとより「雑」であるのが「乱」を加えてタチが悪くなっていく、というのが進行中の現実であるようだ。
2013.08.12 / Top↑
 お祭騒ぎの時ばかりでなく、ふだんから交通事故の多い国として知られている。どれくらいの頻度かというと、わが国では自分の目で事故を目撃することはめったになかったが、ここでは少なくとも一ヶ月に一度は、何かしらの事故をみたり、すでに発生した現場に出くわす。

 つい最近も、裏通りを通りかかった際、人だかりの向こうへ目をこらすと、ひとりの男が倒れており、頭から血を流していた。応急手当てをされていたが、かなりの重傷であることはすでに流れた血の量でわかった。

 人だかりの一人に聞いてみると、バイクにはねられたのだという。しかも、バイクは行ってしまったというから、他人事ではない。ぼくがふだんから、いちばん不安を感じていることが起こっていたのだ。

 人々の雑さかげんについてはすでに述べた通りだが、彼らに、いわゆる路上を不確かに走るクルマなるものを与えること自体が間違いであるかどうかについては、ふかい民族的、文明論的議論が必要だろう。

 世界でベスト3に入る死亡事故率(人口100,000に対して約38人<2010年統計>で第三位)については、多くの人が嘆くところだ。ぼくも一人、この国で最も親しかった友人を交通事故でなくしているが、周りのタイ人に聞くところ、肉親、知友の範囲で、そういう経験がない人をみつけることのほうがむずかしいという。およその人が、その交友関係で、誰かしらをなくしているということだ。
2013.08.26 / Top↑

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