そして、社会もまた、近年になって、その存在を認める傾向へと、あきらめの早い親の心境と同じ過程を踏んだといえる。社会が積極的に認めたというのではなく、当の本人たちがいわば個の権利を主張して、実際の行動に移すことで、もとより寛大な社会に認めさせたといったほうが正しい。

 これは、七〇年代からアメリカなどで同性愛者が街頭でデモンストレーションなどしながら差別の撤廃を訴えたのと、同じ方向性といってよいだろうか。みずからの意思のまま、自然の欲求のままに、オンナなのだからその装いをして外出するのは当たり前、誰に非難される筋合いもない、というわけだ。

 いまや街の至るところ、電車やバスの中で、人の行き交う歩道で、大学のキャンパスで、その女装姿が目にうつる。レストランの従業員、デパートやスーパーの店員、露天の売り子、会社によってはオフィスレディとして、むろん芸術や芸能分野ではときにスター的存在として、しっかりと社会の中に組み込まれている。

 偏見がないわけではない。かつて、化粧をして托鉢をする仏僧の問題がマスコミに取り上げられたり、ムエタイの選手になかなか強いレディボーイ選手がいて話題になったり、個々にはさまざまあるけれども、差別というほどではない。

 それをするのはむしろ日本企業のほうで、リッパな大学を出て就職する段に、彼女が希望した日本の航空会社は成績とは関係なくオミットした。その不満を彼女からさんざん聞かされたと、日本人の知友ジャーナリストは話してくれたことがあるけれど、こなたかなたの違いはそういう面にも現れている。
2014.01.08 / Top↑
 わが国では、偏見や誤解が濃くあるために、本人は事実を隠す、というのがおよそのケースだろう。人に知られたくない、内々の秘密にしておかねばならないことの気づまり、生きにくさといったものはかなり深刻にちがいない。一部の芸能人のみ、事実が特権的に公表されているが、ふつうのカノジョは、おおっぴらに女装して街を闊歩するわけにはいかない。数の上ではタイほど多くないにしても、日陰の存在にしておくのはよくないと思うのだが、いかがなものか。

 それをあってはならないこととする社会と、しかたがない、認めるとする社会と、この世界には二つある。アメリカなどでは州によって違うが、基本的には前者だろう。キリスト教社会では、この世にはオトコとオンナしかいない。アダムとイブの世界だから、中間的人間などは認めない。そこを何とか、現実として容認し、男同士の結婚を認める州が多数を占めるようにはなったが、個人的には偏見を拭えない人が少なからずいるはずである。

 わが国もいまは前者のほうだが、本来はそうではないという気がする。もっと寛大でおおらかな世界が、昔はあった。明治以降、とくに戦後は、狭量で非寛容な社会へと化していった。組織化されすぎた管理社会と、まずはダメありき(法や規制にがんじがらめ)の規制社会に最大の原因があるとぼくはみているが、本来の日本人はそうではない。縛られるのがいや、規制されるのがいや、あれもダメこれもダメといわれるのがいやな性質が本来的にある。

 それはおくとして、昨今、わが国のGIDもようやくドラマなどでその問題が取り上げられたり、改名を認めるかどうかの議論があったりするが、まだまだトバ口である。
2014.01.13 / Top↑
 そういう意味では、タイはカノジョたちの楽園(もしくはそれに近い)といえる。カノジョらの心の向くまま、したいままの装いをして、堂々と街を歩き、電車に乗り、職場で働き、それで何の不都合もない。周囲もまた一向に気にとめない、当たり前の風景としてある。

 たまに性がわるいのもいるけれど、概して、やさしく、おだやかで、ふつうの女性よりも女性らしいとさえいえるほどであるから、そんなカノジョを恋人にもつ男性も少なくない。

 前述したレディボーイとは街中で時折すれ違うのだが、あるとき、日本人の知友と路傍のレストランで食事をしていて、通りかかったカノジョが声をかけた。あら、何を食べているの? 美味しそうじゃない、などというので、ぼくも、これから出勤するカノジョのメーキャップをほめるなどして見送ったのだが、同席の知友に、いまのはオトコだよ、というと、びっくり仰天して、しばらくは驚きが収まらなかった。

 もっともカノジョたちが美しい人ばかりかというと、まったくそうではなくて、テレビにうつっているような美人はごく少数である。このことは、これまた多様性の証しとして但し書きしておいていいだろう。というのも、どれほど女性らしくなく、つまり、その骨格、顔立ちからしてオトコに近くても、しっかりと女装して、堂々としているところにこそ、美人だけの特権ではない、寛い、ホンモノの自由がみえているからだ。国民の幸福度というのは、そうした精神的自由度とも密接に関わっているにちがいない。
2014.01.20 / Top↑