タイ語も日本語と同様、類別詞が多い。初級では、これをもろもろ教えられる。一枚の紙、二冊の本、三本の鉛筆、四缶(あるいは瓶)のビール、五杯のコーヒー、六人の生徒、七匹の猫、九台の車、等々。枚、冊、本、缶(瓶)、杯、人、匹、台、……、実に多種多様である。

 紙は、バイ(ไย)が類別詞。これは(木の)葉をバイ(ไย)というので、それを使う。二枚の紙は、クラダー・ソン・バイ、という。ところが、この類別詞、バイは、紙だけではなく、実に多種類のモノに使われる。おもしろいことに、バッグにも使う。バッグは、クラパァオというのだが、二つのバッグ、という場合、クラパァオ・ソン・バイ、という。

 バッグは、モノを入れなければ平べったく、木の葉のような形をしているから、感じとしては納得がいく。

 先に述べた、アン(อัน)、というのは、最も基本的なものであるから、何にでも使える、というより、何に使っても意味は通じる。例えば、六人の生徒という場合、ナックリアン・ホック・コン、というが、人の類別詞に使うコン(คน)がわからない場合、アンを使って、ナックリアン・ホック・アン、といっても通じる。

 ただ、六個の人、といっているわけだから、通じるけれども、いささか教養を疑われることになる。ここはやはり、六人の生徒、というのが正しい。実に、日本語の感じ(これまた類別詞が驚異的に多い)と似ていて、英語などは、これが少ないので、その面ではラクな言語かもしれない。
2014.07.07 / Top↑
 日本語で、女の人、という言い方がある。昔は、女人(にょにん)といったが、現代語ではそうだ。あの女、というと、礼を失する感があるけれど、あの女の人、というと、やわらかで、丁寧な言葉となる。

 タイ語でも、似たような表現を使う。すなわち、女と人を合わせて、プーイン(女)コン(人)……、という。あの女とはいわず、あの女の人(プーイン・コン・ナン)という。

 また、人の職業について、日本語では、××員、××師、××家、××手、など様々あるけれど、タイ語も似たような言い方をする。すなわち、ナック、チャオ、プー、チャーン、などを、行為を表す語の頭につけて表す。

 例えば、作家は、書く人であるから、ナック(人)・キィヤン(書く)という。学生や歌手なども、このナックをつかって、ナック・リィアン(学ぶ人)、ナック・ローン(歌う人)、といったふうだ。

 会社員や銀行員は、従業員を意味するパナッカーンを使って、パナッカーン・ボリサット、パナッカーン・タナーカーン、などという。

 美容師は、髪をつくる(タム・ポム)人であるから、チャーン・タム・ポム、という。美容院のことを、ラーン・サーム・スワイ(美しさを付け与える店)という。ために、美容師のことを、チャーン・サーム・スワイともいう。

 私のような高齢者は、プーをつかって、プー・スーン・アーユ。文字通り、歳(アーユ)の高い(スーン)者(プー)、である。老人のことを、コン・ケー、年老いた人、というが、もっと老人然とした人は、プーを使って、プー・タオ、という。
2014.07.23 / Top↑