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 ルークが丸いもの全般の類別詞であることは述べたが、おや、と首を傾げるようなものまで、それを使うことがある。

 鍵もその一つ。クンチェー、というのだが、頭にルークをつけて呼ぶことがある。ルーク・クンチェーといえば、その意は鍵しかない。これがどうして丸いものなのかと問えば、すぐに答えが出る。鍵穴は丸いし、鍵自体も丸くて長いものが一般的だ。

 なるほど、タイ語は論理的だ。何かと納得がいく。
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2015.04.06 / Top↑
 山は丸いか? 然り、おにぎりみたいな形をしているのが多いところから、丸いものといえる。従って、山の類別詞もルークだ。山は、プッカオというが、山ふたつ、というのは、プッカオ・ソン・ルーク、という。

 しからば、波はどうか? 北斎の絵などをみると、まさに丸いものとして描かれるが、これもルークである。波はクルーンというので、クルーン・ソン・ルーク、波がふたつ、となる。

 そういえば、山は波をなしていることが多い。ともに感じが出ている。
2015.04.13 / Top↑
 タイ文化は、この月と共にある、といっても過言ではない。つまり、太陽暦とは別の太陰太陽暦をもって、大事な仏教行事の日取りが決められるからだ。

 日常的にも、ワン・プラと呼ばれるお寺参りの日は、月齢によって、つまり、満月と新月、半月の日(月に二回)の計四度(うち満月の日がとりわけ大事)と定められている。

 仏教行事は、およそ満月の日を起点に、期間があるものはそのように、その日かぎりのものはそのように、定められる。
四月のソンクラーン祭(13、14、15の三日間)のみ、太陽暦によって固定されているが、その他の行事は太陰太陽暦によって定められるので、その年によって異なる。
2015.04.18 / Top↑
 顧客のことを、ルーク・カー、という。タイ字で、ลูกค้า、と書く。ルークのク(ก)は末子音でほとんど聞こえないため、ルーカー、と耳に響く。が、これもまぎれもなくルーク、丸いものだ。カーは、売買する、商う、の意だから、商いをする子供、のこと。そんなものにどうしてルーク、丸いもの、子供を使うのかというと、やっぱり顧客というのも可愛いものだからだろう。

 それとも、(値段交渉を)丸く収めるものだから? あるいは丸め込む相手? いずれにしても、これも感じが出ている。
2015.04.20 / Top↑
 天体へと話を移そう。

 タイ国では、太陽よりも月のほうが大事だ。愛着のほども違う。太陽は、乾季の一時期を除けばおよそ強烈で、とくに女性は肌にわるさをするその光線を嫌う傾向がある。ところが、月はいくら煌々と照ってもいい、照れば照るほどいい、というわけで、これも丸い満月を一番立派なものとして愛でるわけだ。

 チャン、という。これはさすがにルークはつかない。類別詞も月は一個だけであるから無い。その代わり、プラ・チャン、お月様、という言い方がある。月に敬意を表するわけだ。古来のわが国と似ている。
2015.04.27 / Top↑

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