ソンラーン祭に話を戻せば、わが国でいえば、盆と正月が一緒に来たようなもの、といえるでしょう。

 タイの本来の正月は、陰暦に基づいて、毎年、変わるものでした。すなわち、陰暦の四月下弦14日に始まり、五月上弦1日まで、新月をはさんで前後三日間がタイ正月であったのは、仏暦の2432年までのこと。西暦は仏暦から543を引いた年になります。

 これは、現在のチャクリ王朝ラーマ5世、名君であったと讃えられるチュラロンコーン大王の時代で、十九世紀もあと11年ほどで終わりという時期に当たりますが、以降、年毎の変更をやめ、陰暦の4月1日をタイ正月とする、と定められます。
2015.09.16 / Top↑
 どうしてそういうことをしたのかというと、ほぼ時期を同じくして、ソンクラーン祭という大事な行事があって、これは太陽暦によって4月13、14,15の三日間と定められているため、そう度たび、お休みばかりつづけていては発展がない、ということであったそうです。

 わが国では、明治時代の中ごろに当たりますが、タイ国もまたそろそろ近代化を急がねばならない、という時期、成長を優先させた結果とみられています。
2015.09.21 / Top↑