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 ところで、ソンクラーンというのは、サンスクリット語から来ています。その意は、通過していく、入っていく、つまり、三日間のお祭は、太陽が通過、移動して、12宮のうち、いずれかの宮へ入っていく時期にあたっているわけです。宮とは星座と同じ意で、12の星座のうち、一つの星座から他の星座へと入っていくまでの時間が一ヶ月、12宮をひとめぐりすると、一年に相当するわけです。
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2015.11.02 / Top↑
(ここで話は転調しますが、これまでの続きはまた追々に記していきます。)

 一日、百バート、日本円にして約350円しか使えない暮らしが始まって、もう一年余りが経ちます。それだけの予算で、日常生活のすべてをまかなうことなど、できるのかどうか。

 はじめは、とてもムリ、いくら物価が安いとはいえ、石鹸や歯ブラシ、剃刀など、食料以外の必需品も含めてなので、不可能と決めつけ、一日百五十バートとしていた頃がありますが、それでは生活がやがて破綻してしまうので、どうしても一ヶ月3000バート、日本円にして一万円ちょっとに抑える作戦を練ったのです。
2015.11.03 / Top↑
 ここでお断りですが、バートというのは、バーツとも呼ばれています。バーツは、英語表記のBathから来ており、タイ語表記はบาทで、バート、となります。トの音は、末子音といって、ほとんど無声、ですが、tの音であり、タイ人にはしっかりと聞こえているそうです。

 バーツでもバートでもいいのですが、ここでは、現地語に近いバートを使用します。それはまた、こちらの僧が毎朝、托鉢(ピンタバート)に出るときに携える鉢を意味する言葉でもあり、それが通貨の単位としても使われているのはおもしろく、さすが仏教国らしいといえそうです。
2015.11.09 / Top↑
 さて、日々の暮らしがどうしてそういうタイ乏を余儀なくされてしまったかという話は、非常に個人的なことでおもしろくもないので、ご免、とさせていただきます。ただ、人の人生には何が起こるかわからない、思いもかけないことが時として起こるものだという、無常の真理をわかってもらうだけで充分でしょう。

 私の手元にはいま、これまでの生活費の記録をメモしたものが束になってあります。いろんな紙切れ、スーパーのレシートの裏まで使ってその日その日の出費額が記されているのですが、それを眺めていると、ホンキにやろうと思えばできないことは何もない、という気がしてくるのです。
2015.11.16 / Top↑
 真っ先に、よけいな出費を断ったのは、サケでした。あらゆる種類のアルコール。これを「禁」とすることが手始めの必須事項であったというのは、当たり前のことながら、私にとっては覚悟の要ることでした。

 思えば十九の春、大学へ入って間もなく解禁となったそれをおぼえて以来、この歳まで、おそらく一年で数日の間もおかずに続けてきたのですから、それを断つなどというのは、四年ほど前にタバコを断つときよりもまして大変なことのように思えたものです。
2015.11.23 / Top↑
 不安もありました。それが入らないと眠れないのではないか、禁断症状を起こして、かえって健康を害するのではないか、といったことに加えて、私が酒呑みであることを熟知している周りとの付き合いはどうすればいいのか、などいうことまで気がかりでした。

 しかし、背に腹は変えられない、つまり、サケなんか飲んでいる場合ではないよ、という一人の先輩の言葉をきっかけに、本当にそうだと思ったときから、自分との闘いが始まったといえます。
2015.11.30 / Top↑

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