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 それでもタバコを吸いたくなったらどうしたかというと、飴をなめたり禁煙パイポをくわえたりしたのではなく、私の場合は、カラダを動かすこと、つまり、フィットネスに没頭することでした。

 肺に煙を入れる代わりに、どんどん空気を入れて吐くことをくり返すわけです。すると、人間の身体というものは、本能的に、よいほうを選ぶ、快適なほうを選ぶようにできていて、そのうちタバコの煙などは受けつけなくなってしまうのです。
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2016.03.07 / Top↑
 とくに寝る前にカラダを動かすと、筋肉が疲労して、催眠効果が現れます。身を横たえて、腹筋や、脚力を鍛えているうち、少しの休憩のつもりが長く眠ってしまうこともしばしばです。これは一挙三得、タバコを吸わずにすみ、身体を鍛え、しかも眠り薬(時おり入眠剤を飲んでいました)がいらない、という次第でした。

 そしてこのことは、酒を断つことにしたときに、さらに有効に働きます。なぜ、長年慣れ親しんできた酒までやめることができたのか。確かに経済的に、そんなものを飲んでいる場合ではない、という事情はあったにしろ、飢える日が早く来るだけのこと、と開き直れば、酒量を減らすだけで断つ必要はなかったわけですから、自分でもフシギに思うのですが、これも先ほどのフィットネスのおかげでした。ひとシゴト、モノ書きをして、さあ今日はこれまで、と決めた後は、酒に手が伸びていたのを、ダンベルに替えたのです。

 これまた一挙三得、出費を無にし、身体を鍛え、酒に頼らずとも催眠の効果はそれに劣らずある、となれば、よほどの屁理屈をいわないかぎり、選択に迷いはありません。そして、この断酒もまた、体力というものに大きな影響を及ぼすものであるとの認識に至ります。
2016.03.14 / Top↑
 私の感覚では、これも禁煙の結果と似たようなもので、体力が二〇パーセント増、すなわち以前はそれだけ減じていたということです。本来の体力がどうして減退していたかというと、やはり肝臓が飲酒で疲れていて、その回復に睡眠時間をより多くかけねばならなかったことを実感したのです。

 六時間ですむところ、八時間は必要になる、深酒をすると十時間、といったふうに、場合によりけりながら、平均すると二〇パーセントがた時間的にも損をする、と同時に、それでもなお、その日は身体がかったるいと感じていました。

 作家の司馬遼太郎は生前、わが国で本当に偉大な仕事をのこした人は、すべからく酒もタバコもやらなかったと述べています。日本地図をつくった伊能忠敬などを例に挙げていましたが、ほかにどんな人がいたか、忘れました。
2016.03.21 / Top↑
 お酒のミステリー大賞までいただいていながら、裏切るようで申し訳ないのですが、酒はカクジツに寿命を縮める、というほかありません。むろん、酒の効用というのは、タバコに比べればまだしもで、寿命が何年か縮まったところでいかほどの意味もない、偉大なシゴトなどのこさなくてよい、という人は、やめる必要もないでしょう。それどころか、憂さの捨てどころという効用を感じている人はなおさら、やめるとかえって毒かもしれません。

 タバコは絶対にやめてほしいけれども、酒は、健全に飲めるという条件の下、許される、としてよいでしょう。前述の通り、この国の仏教も、一応は禁としながら、時と場合によっては、許しているのです。
2016.03.28 / Top↑

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