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 子供のころ、わが家のトイレは戸外にあって、夜中に立っていくのがいやだった憶えがある。門灯はあったがうす暗く、少し離れるともう闇で、月の夜だけ山の端がうっすらとみえた。

 山裾にはお墓があって、火のタマが出ると姉たちにおどかされていたから、よけいに怖かった。が、それでも明かりがあるだけマシだった。怖々ながらもトイレに立つことができたのだから。

 だが、それから何十年も経って、いい大人になって(当時四十歳だったから、よい歳こいて、といったほうがよいか)、異国のジャングルではじめて本当の闇と出会い、その怖さに、すぐそばのトイレにも行けなかったとは、一体何たるザマであったか。

 しかし、さらにつらつら考えてみるに、その時その歳まで、日本人としての我は、本当の闇を知らなかったという、笑えない事実がシカとある。闇の怖さを知らずに育ち、まさに文明の象徴としての明るさを当たり前のように感じて過ごしてきた。電気というものが夜を照らし、闇を追放し、ためにその恐ろしさとは無縁の暮らしをつづけてきたのである。

 人々は日常、そのようなことに思いをいたすことなく、その必要もなく、ほしいままに明るさを享受し、何の疑問もおぼえることはなかった。快適な生活を保証するものとして、いわゆる電気製品なるものが次々と生み出され、普及していった。それはいまも留まることを知らない。

 ところで、カンボジアで闇の恐ろしさを体験する前、一九八〇年代に入ってしばらく経ってからだったと思うが、ある知り合いの女性が我に対して、こんなことをいってきた。彼女の夫君がこのほど東海村(といえば原子力研究のメッカとわかる)に勤務することになったのだが、いま原子力発電の是非をめぐって賛成派と反対派に分かれており、今後も議論がつづくことになる。(すでに東京電力の福島第一原発は稼動をはじめて十年余り経っていたが。)

 ついては、先生(我のこと)に賛成派を支持するようなモノを書いてもらえないだろうか。原子力発電のゼッタイの安全性(と彼女はいった)については夫が多くの資料を持っているし、取材をしてもらうこともできる。ぜひ、お願いしたい、とのことだった。
2011.04.04 / Top↑
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