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通信講座「日本語の書きかた」塾生募集!

長年の文章修業と多数の作品体験が生んだ貴重な知識を丸ごと伝授致します。


■指導内容
・「てにをは」の正しい使い方
・句読点の打ち方と文体
・漢字カナ混じり文の問題点と書き方
・推敲の大事について
・文章、文体は個性であることの意味
・文章の目的と表現について
・文章家への道程 その他

 個々のペースで期間を置いて5作(エッセイ、紀行文、感想文、手紙文、推薦文等、何でも可/各回400字詰め原稿用紙10枚以内)をメール添付で提出、細部にわたる添削をもって個別指導致します。さらなるステップへの継続も可能です。

・募集:随時受付(塾長による直接指導のため、同時進行人数は3~4名限とさせていただき、あとは空きが出るまでお待たせする場合がございますので御了承ください。)

・塾費:29,000円(小・中学生27,000円)

■お問合せ/お申込み
E-mail:chikyujyuku★live.jp(★の部分を@に置き換えてください)


■塾長のことば
 日本語のむずかしさについては、それを習う外国人から聞くことがいちばん的を射ています。彼らが一様に口にするのは、漢字カナ混じり文の複雑さと「てにをは」(助詞・助動詞)を正しく使えるまでの苦労です。それらは日本人にすら容易ではない、克服しなければならない最も大事な課題といってよいでしょう。

 長く高校の国語教師の職にあった母親はよく、「漢字」は日本人の体質に合わないのだといっていました。身体に合わない食べ物と同じで、合わせるのに苦労をしてきた歴史が確かにありました。先史より文字がなかったわが国は、大陸伝来の仏教と同様、漢字を輸入して言葉(音)に当てはめたわけですが、当て字にはかなりの無理がともなうため、その不自然さをやわらげる努力をしたのが平安時代の人々であり、「ひらがな」の発明でした。ところが、それだけでは文章表現として使用するのに限界があることから、表意文字としての漢字を援用せざるを得ず、そこに日本語をむずかしくした理由があるわけです。

 漢字カナ混じり文は従って、日本人の宿命といってよく、それゆえに克服しなければならないハードルであり、一所懸命に学ばなければ越えられないものなのです。作家の世界には「文章修業」という言葉がありますが、達人になるにはまさに修業をしなければなりません。それは言い換えれば、学びを怠れば正しく書けない言語であり、話し言葉すらも崩れてしまいます。

―日本語を書くということ―

 これまで世界60カ国ほどを巡ってきた経験からいえば、日本語ほどにむずかしい言語と出会ったことはありません。そして、日本人ほど母国語であるはずの日本語を書くのに苦労をしている(従ってたくさんの間違いをおかしている)民族も、まず見当たらない。むろん、日本は教育国ですから、誰もが日本語を書くことができる。できるけれども、そのレベルとなると、上は月、下はスッポンほどの違いができてしまう、こわい言語でもあるでしょう。

 このほど、あるエッセイ・コンテストに審査委員として参加させてもらいました。十四編ほどの作品に優劣をつけるシゴトでしたが、大変にむずかしい、コマッタこまったと頭をかかえる仕儀となりました。老若男女もろもろの候補者のうち、正しい日本語の文章を書き通せた人はごく少数にすぎず、従って、内容にふさわしい表現が充分ではないことが原因でした。

 原稿用紙の書き方の間違いからはじまって、助詞の使い方、句読点の打ち方のずさんさ、パソコン使用のために起こる同音異義語のケアレスミス等、最終候補に残った人のものがそうですから、あとは推して知るべしでしょう。ギリシャの衰退は言語の乱れが最大の原因だったと、作家・三枝和子(故)が私に語ったことを思い出しながら、これはわが国の衰退がすでにはじまっていることを示す象徴的な現象だと感じたものです。

 ジャーナリズムにおける伝達手段としての言語なら、誰でもちょっと勉強すれば書けます。みずからを表現するという意味での文章は、いわゆる修業という名のプロセスを踏まなければ書けないものなのです。先のコンテストでも、内容的に(つまり訴えたいこと)はそれぞれいいものを持っているのに、文章力がないため、それを表現しきれていない、ために誰も受賞に届かない、という残念な結果に終わりました。

 作家・谷崎潤一郎は添削の名人で、出したハガキを句読点一つで見違えるものにされてしまったとは、元岩波書店重役で後に早稲田大学、さらにはタイのチュラロンコーン大学の客員教授であった玉井乾介氏(故)の言でしたが、そういうことを今の日本人のほとんどが認識していません。ジャパン・ファンデーションの招きで長くタイに滞在されていた頃の先生は、タマサート大学でも日本文学を講じられて元気はつらつでしたが、ワセダ時代の教え子、私の書くものにも誤植一つ見つけては報告してくださっていました。昔の人が日本語をいかに大事に、きびしく扱っていたかという証しだろうと思います。

 むろん大人になってからでも遅くはなく、私自身、二十歳を過ぎてからの修業でしたが、問題は教えてくれる人がいるかどうかにつきるでしょう。「文芸」とは文章芸術の略であり、まさしく芸術の一分野と考えてよいかと思います。感性をみがき、コツを身体に覚えさせるには、スポーツと同様、教えを乞いながら、くり返し、たゆまず書きつづけるしかありません。

 物事を習うには、年齢よりも入り口が大切です。入門して術を覚えれば、それが基礎となり、あとは自分自身の努力で向上することが可能です。私もまた、恩師から教えを受け、新人時代には編集者から叩かれ、没原稿の山を築きながら、いつの間にかそれなりのモノが書けるようになっていました。文章家になるには人生体験や相当な努力が必要ですが、そこまでは目指すことがなくても、しっかりとした日本語が書ける、すなわち物事を深く考える力、より正確かつ感動的に伝える力をつけることは、何をやるにしろ、非常に大事な基盤となることは確かです。

 文章力をつけるのに、特別の才能は要りません。それぞれの個性に見合う丁寧な教えと学ぼうとする意欲があれば充分でしょう。まずは入門編で、それを超えている人はさらなるステップで、人の胸を打つ文章を磨いてください。

塾長 笹倉明

2010.05.15 / Top↑
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